フィレンツェの『春』:"Primavera" @Galleria degli Uffizi, Firenze ― 2010/03/06


ウフィッツィ美術館:シニョーリア広場から
ひょんなことから、3度目のフィレンツェ訪問が実現した。ルネッサンスの中心地であるこの地で、1度目と2度目はマキャベリの墓所やメディチ家縁の場所を中心に、今回はサヴォナローラ縁の場所を中心に散策した。そしてウフィッツィ美術館には毎回予約をいれて、足を運んでいる。

ルネッサンス美術の宝庫であるウフィッツィ美術館 は、かつてメディチ家の"Uffizi"(「事務所」を意味するイタリア語、ufficioの古語)であった建物を使用していることから名づけられた。1993年5月の爆弾事件で、建物や美術品・資料の一部が被害を受けたため、ペットボトルは持ち込み禁止となっており、また荷物のX線検査を受けたうえで入館することになる。

この美術館に来た際には、コの字形の建物をめぐりながら、疲れると一番奥のカフェで休み、気に入った絵のある部屋に何度も戻ったりしながら、半日を過ごすことにしている。

高校時代に美術の先生からその美しさを聞いて以来、一度実物を見たいと思っていたボッティチェリの"Primavera"『春』もこの美術館にある。はじめてこの絵が飾ってある部屋に入ったとき、その絵からあふれる、部屋中を満たすような生命力に圧倒され、どうにも感情がコントロールできなくなった。その感覚は3度目の今も変わらない。美術館が面するシニョーリア広場にある「ダビデ像」(複製、実物はフィレンツェ:アカデミア美術館にある)の製作者であるミケランジェロは、「石に彫刻を彫っているのではなく、石の中に埋まっている、石がなろうとする形を掘り出しているだけだ」と述べたというが、ボッティチェリは、同様に「命」そのものを写し出してしまったように思う。

今回は休館日の翌日だったためか、館内には団体客が目だった。イタリア語、英語、フランス語、ドイツ語、日本語、中国語…次々と現れる世界各国からのグループにそれぞれのガイドが様々な言語でこの絵の魅力を説明している。描かれている花は200種類以上に及ぶがそのほとんどが実在する種であり、また当時メディチ家の庭で春に咲いていたと思われる花であること、そしてヴィーナスやフローラ、風の神のゼピュロスやマーキュリー、三美神、この絵のメタファー、あるいは人文主義の発露について、多くの論説が各国語で紹介されていく。私自身、これらを知識としては知っている。が、実際に絵の前に立つとそれらすべてが頭から消えてしまい、ただただ絵の力に身をゆだねることしかできない。

ティッツィーノの描く妖艶な女性、緻密に計算されたレオナルド・ダ・ヴィンチの画、若き日のラファエロの自画像、狂気をはらんだカラバッジョの作品などを観ながら、何度も"Primavera"の前に戻り、そして一通り館内を見終わった最後にもう一度この絵の前に戻ったが、これで帰ると思うとなかなかその前から離れられない。どうにも踏ん切りがつかないでいるうちに、イタリア人の、おそらくは中学生の団体がやってきた。座っていた絵の正面の席を、仲のよい友人同士らしき数名の女子生徒のグループに譲る。先生が「他の人の鑑賞の邪魔をしないように。席を譲ってもらったんだからお礼を言いなさい」と楽しげに席を奪い合う生徒たちをたしなめると、彼女らは屈託のない笑顔でお礼を言う。その奥から同じ学校の少年がひとり、「ふーん」といいながら絵に歩み寄り、しげしげと眺めはじめた。その横顔にあふれる生命力には、私が圧倒されてしまったこの絵の迫力を、正面から受けて立つだけの力強さがあった。周囲を気遣って抑えた笑い声を立てながら相談しあって課題に取り組む先ほどの少女たちは、三美神がそのまま絵から飛び出してきてしまったかのような華やかさをふりまいている。

五百年以上前にこの絵に写し出された「命」は、今も世に満ちている。そう感じたとき、やっとその前を離れることができた。

コメント

_ ほんじゃろか ― 2010/03/06 22:19

フィレンツェに行ったんですね。いいな~!

私は、フィレンツェに行くと必ずウフィッツィで過ごす時間を1日取ります。観るものも多いのですが、なによりもルネッサンスの絵画が好きだから。

とくに、サンドロ・ボッティチェリの画の前には何時間いても飽きません。これまで5回行ったかな? あと何回行けるのだろうかと思うようになりました。

_ 詞子 ― 2010/03/07 12:16

好きな絵の前から離れられない。そんな経験、私も以前、イギリスで
したことがあります。あの独特の感動はいったい何なんだろうね。
自分の命が満たされていく感じ?
Primaveraは、のら☆さんにとって「心」の琴線に触れるものだったんでしょうね。「心」がハープだとしたら、Primaveraはその演奏家だったような。
のら☆さんの「心」の中で、音楽が奏でられたんでしょうね。

ちなみに私はカラヴァッジョが大好きです。
本物が見られるって、いいなあ。

_ のら☆ ― 2010/03/07 17:55

ほんじゃろかさん、
5回行ってるんですね!さすが!!
そう、「あと何回来られるのだろうか」と思うのも、いつも最後に離れられない理由のひとつです。ウフィッツィは、何度行っても「もう見た」という気分にならない美術館ですね。
ボッティチェリとメディチ家については、高校時代の美術の先生からその素晴らしさを刷り込まれていたので、今回のイタリア滞在で1年間で3度もフィレンツェとウフィッツィに来てしまいました。

詞子さん、
そうですね、美術の持つ力ってなんなんだろうと思います。自然に対する概念としてartがあるわけだけれども、例えば500年以上も前の人間が作製したものが、今の私の心をここまで動かすというのは…。最近は絵を観るというより、絵の力に自分が満たされる気分、絵が心の中の何かを喚起する力を感じることが面白くなりました。

カラバッジョは、ミラノ出身なのでミラノではよく見ることができます。ウフィッツィでは、ほとんどの展示がおいてあるメインの階ではなく、そこから1階下がってぐるっと回った一番最後の出口近く、しかも本来おいてある場所は改装中なので、現在はそのまたさらに奥にあります。現在は「バッカス」と「メドゥーサ」がおいてあります。カラバッジョの作品は、彼が逃げて来た挙句、結局再度の刃傷沙汰で投獄されたマルタでも見ましたが、彼の人生が示すように「正気ではできない」作品ですね。カラバッジョに詳しい詞子さん、今度いろいろ教えてください!

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