Yayoi Kusama @ Milano ― 2010/01/22
美術に造詣の深い友人に「今、日本人アーティストの素晴らしい作品展を現代美術館でやっている。空間や光を自在に使ったもの。日本人のあなたは是非見に行くべきだ。」と薦められた。すぐに「草間彌生でしょう?」と答える。
Padiglione d'arte Contemporaneaで行われている"I want to live forever" のことである。毎回足を運んでいる横浜トリエンナーレにも出品していた彼女の作品は、日本でも何度か見ていた。今回も町で案内を見て、行こうと思いながらもあわただしさにまぎれてまだ行っていなかった。翌日、丁度近くに行く用があり、迷わず会場に入る。
会場では、中学生から高校生の生徒のグループが「彼女はイタリアの現代アートに大きな影響を与えている」という学芸員の説明に熱心に聞き入り、質問を投げかけていた。ミラノの中心街のこの美術館には平日の昼前に行ったが、丁度私が帰るのと入れ替わりに次々と近隣で働く人たちが訪れていた。日本に比べて長い昼休みを利用してきているのだろう。
会場では、中学生から高校生の生徒のグループが「彼女はイタリアの現代アートに大きな影響を与えている」という学芸員の説明に熱心に聞き入り、質問を投げかけていた。ミラノの中心街のこの美術館には平日の昼前に行ったが、丁度私が帰るのと入れ替わりに次々と近隣で働く人たちが訪れていた。日本に比べて長い昼休みを利用してきているのだろう。
今回展示されているミラーボールを大量に並べた作品"Narcissus Garden"は、もともと1966年の第33回ベネチアビエンナーレに出品されたもの。彼女は着物姿でその場に立ち、その”ボール”を「まるで屋台でひとすくいのアイスをほいほいと売るように」*ひとつ1200リラで売ろうとしたが、芸術界の権威を破壊する行動として開催側から禁止された。その行動も、そしておそらくはその行動に対するこういった反応も、彼女にとっては作品の構成要素であったのであろう。そして当時、「彼女の作品は、センセーションとともにスキャンダルを巻き起こした」*のである。
*会場の説明より。
*会場の説明より。
彼女の独特の世界が周囲になじみ、かつて日本で見たことのある作品も、先般より妙にリラックスして鑑賞した。彼女の人生、アート活動を映像化したものも適切に展示されており、改めて彼女自身についても知ることができた。
「現代アートは、個人的には受け入れられないものが多く、普段はあまり好きでないが、これは面白かった。」と、友人は冒頭の言葉に続けた。特に"aftermath of Obliteration"という作品は、万華鏡のように内部を鏡で囲み、そこに小さな明かりをたくさんぶら下げた部屋に鑑賞者が入るというもの。無数に増殖された小さな光たちに囲まれてまるで宇宙を漂っているかのように見えて、実は狭い「箱」の中にいる現実。が、逆にその「箱」に入ることで、無限の世界に足を踏み入れる感覚になるのであろう、「小学生の息子を連れて行ったが、この作品はとても気に入ったらしく、『もう一回入る!もう一回!』となかなか帰れなくて大変だった」とのこと。
ブレラ美術館等でも、小学生、時には幼稚園ほどにしか見えない子供のグループが、並み居る芸術作品を前に学芸員と盛んに意見のやり取りをしていたのを思い出した。彼らは、小さい頃から当たり前のように作品を主体的に”楽しむ”ことになじんでいる。
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